先月、月に到着した。
昨年宝くじに当たって200億円を手にした。月への渡航代、集合住宅の三年間分の賃料、その他移住権など諸々の費用で10億円かかった。宇宙に対して特に思い入れはないが、行ったら行ったで面白いこともあるやもしれんと思って来てみた。しかし首都のピロシックシティーでさえこのショボさである。直径300メートルほどのドームの中に体育館様の建物が5つ、私が住んでいた団地のほうが10倍は広い。ついてすぐに現地ガイドのグルジーさんに一番大きなクレーターを案内してもらったがそこもひどかった。入り口(入り口などないが便宜的に作られた入場ゲートがある)には「いちばんでっかいクレーター」という文字がバーンと書いてあって、なかに入っても広すぎて訳がわからないしポイ捨てされたゴミが散乱しているし、とにかく夢のかけらもありゃしない。
早くも帰りたいと思いはじめた私をかろうじて月につなぎとめたのは自由に動く体だった。ドーム内では地球と同じ重力がかかるよう設定され行動も規制されているが、ドームの周囲には散歩道が設置されていてそこだけは自由に動き回ることが許され、かつ月本来の重力を感じることができた。私は専らそこで体を動かしていた。進歩した技術のおかげで宇宙服はぴったり薄薄になり、普段着と変わらぬ感覚で動けるようにまでなった。私は月で日進月歩を感じるという特異な体験をした。今では三回宙二回ひねりもできる。地球ではバック転もできなかったのに、日進月三回宙二回ひねり。
今日も宙返っていたら金星のほうからなにやら「くの字」型の飛行物体がクルクル回りながらやってきて月の横を通り過ぎていった。飛び跳ねながら謎の飛行物体をなんとなしに見ていると地球のほうに向かっていく。あんな突飛な形をした宇宙船は初めて見た。ちかごろ星交を開いたピノリ星の貿易船だろうか。それにしては無駄の多いデザインである。第一、ピノリ星人はシンプル・イズ・ベストを掲げるインテリ宇宙人である。あんな目立つものを造船したりしないだろう。そう思っていると飛行物体は予想をはるかに超えた行動を示した。
まず地球にまっすぐに向かっていってぶつかって地球を粉々に砕いてしまった。さらに驚いたことに地球の破片のなかから現れた飛行物体には傷ひとつついていなかった。驚天動地。ガッテム。百年以上前に人類が恐れていたことが遂に今現実のものとなったのだ。侵略。いやこれはただの破壊といっていい。これは人類の想定外の出来事だ。隣でスクワットしていたじいさんが「こりゃ大事じゃ」と言った。
地球を破壊した飛行物体は大きな弧を描いてゆっくりUターンした。月へ一直線に向かってくる。私がはじめて三回ひねりに挑戦してジャンプしたとき、ちょうど飛行物体が月にぶつかった。地球でいう地震によく似た揺れが月を襲い、次の瞬間月は吹っ飛んだ。億万の欠片が飛散したが私は奇跡的にすべてをかわした。六回ほど体をひねった。ちょっと腰が痛くなった。じいさんはきっちり砕け散った。月をぶっこわした飛行物体はなおも推進力を失わず進み続けた。
私はテロンテロンと回っていた。なんだこれは。私はこんなに1500回もひねれるほど運動神経が良くはないはずだ。そう思って冷静に考えるとどうやら私は運が良いのか悪いのか飛行物体の上に乗っかってしまったらしい。地球は無くなってしまった。月も消え失せてしまった。割と好きだった日本も。母親も死んだ。父親も死んだ。友人も死んだ。恋人も死んだ。すべてが、すべてが。私が私でいる理由、私が私が君が君でそれがそれ、たばこが吸いたくなったけどこんなに回転してたんじゃあ火もつかないだろうなヘリコプターみたいに飛んでいきたくないマンガの新刊じっくり淹れたコーヒー哲学の勉強も疎かだ君の手AV緑のなかで日曜大工良質の映画同窓会に酒を飲みおもいっきりオシャレめがね犬猫丘の上から叫ぶゴキブリパンパン音楽放屁チェックインで茶封筒に現金ゆっくり動かしながらナショナリズム引退ロックとびっきりうまい蕎麦若さで成し遂げるあれこれこれだけ君にまだ感謝を感謝を愛を愛wおジュhvfh米v氏うsjんぉういshづcw儀牛jdb区yghbsぢヴhウィhvlsjンdヴィうせhヴィ宇shld期jch氏hdヴぉ絵whdヴygsぢvbhんしくdvhげづyfgヴdshbvlshgdちぇgwrfgねdhvげうろえありがとうあいしてるるるるるるうっるるるるるるるるるるる。
金星の横を通ったとき宇宙服がちょっと焦げた。顔をしかめていたらあっという間に水星。でっかい月みたいだ。あついあつい。どっかーん。こうして宇宙を進む私はなんだかすごい人のようだ。破壊者。私に触るとヤケドするぜ。
太陽は真っ黄色で、行く手にどっかり腰をおろしている。くそだらあほだらどけどけどけどけ、でも私は太陽なんて壊せるわけないんじゃないかってどこかで思ってた。そう思ってた。太陽は核より危険つーか核融合。私は太陽と融合できるのかしら。ぎゃあ溶ける溶ける。宇宙服なんてとっくの昔に溶けてしまって。もう私は赤裸々。まっかっかの体が悲鳴。
思えば私は恥の多い生涯を送ってきました。小学五年生、教室で脱糞。中学三年生、バックネットで脱糞。高校二年生、ようやくトイレで脱糞。大学四回生、バス停で脱糞。自分には、便所というものが、見当つかないのです。つまり自分には、人間の営みというものが未だに何もわかっていない、という事になりそうです。太陽が目の前に迫った今でも自分には目の前に迫った終わりが飲み込めませんでした。ただ回転しながらも目の端にちらと彗星が見えた気がしたので自分は三回祈ることにしました。脱糞しながら。でも三回祈る前に飛行物体は太陽に突っ込みました。
太陽系から恒星が消えた。大きな爆発の影から「くの字型」の飛行物体がクルクル回りながら姿を現した。飛行物体はゆっくりとスピードを落として巨大宇宙生物トメマキスタニオンの手のひらにおさまった。トメマキスタニオンは大きなあくびをしながら緩慢な動作でもう一度ブーメランを放り投げた。ゆっくりと回るブーメランの上には小さなシミのように、のど仏がひとつチョコンと乗っかっていた。トメマキスタニオンのブーメランは、近くを通った彗星を確実に照準に捉えていた。のど仏からは微かに「るるるるる…………」という響きが発せられていた。
<了>