今日も、この街には風が吹いている。
決して帽子を飛ばしたりなんかしない、心地よい、あったかくて優しい風。
街をゆく人たちは、みんなニコニコ、幸せそう。
だけど、いじっぱり猫は今日も笑わない。
公園の片すみのベンチの下、いつもの場所で、じっとにらんでる。
何をにらんでるのかって? すべてのものさ。
人を信じたっていいことなんてありゃしない。しょせんわかりあえっこないさ。種類が違うんだ。
オレは笑わないぞ。笑ってやるもんか。
子供が近寄って来たって、キレイなお姉さんが来たって、にぼしを持ったおばさんが来たって、プイとそっぽを向く。
だいたいオレは、にぼしが嫌いなんだ。
だけど街の人は、いじっぱり猫に近づくことをやめない。
どうしてかって?
みんな、いじっぱり猫はほんとはさみしいんじゃないかって思ってるんだ。
近寄るとそっぽを向く。かわいくない。でも、遠くから見るとすごくさみしそうに見える。
それがどうしても気になって、みんな近づくんだ。
どうか、笑ってほしいと。
ある日、いじっぱり猫はいつもの見回りに出かけた。
晴れた日の午後。
すると急に突然、ものすごく強い風がビューッと吹いた。思わずいじっぱり猫は目を閉じた。
風はすぐにやんだ。
砂が混じっていたんだろう、体に細かい砂粒がついている。気持ち悪い。
けど、いつもの風が吹いたら砂粒も飛んでいくさ。だからそのまま歩いた。
でもおかしい。
しばらくしても、いつもの風が吹かない。それにだいたい、強い風が吹くのだっておかしいじゃないか。
もうしばらくして、いじっぱり猫はもっとおかしいことに気づいた。
街の人がみんな、ニコニコしていない。怒った顔や悲しそうな顔、あげくのはてにはケンカしてる人もいる。
けど何よりいちばんイヤな感じなのは、「なにもない」顔。怒っているのか、泣いているのか、いや、人間なのか、人形なのかすらわからない。
いそいで見回りを終え、いじっぱり猫は公園にもどった。
いつものベンチの下。やっぱりみんなは怖い顔。
それに今日は誰も近寄ってこない。いつもならおばさんが、こりずににぼしを持ってくるころなのに。
お日さまが傾いて、あたりは暗くなりはじめる。いつもなら子供たちが「バイバイ」って言ってくるころなのに。
暗くなったって、会社帰りのキレイなお姉さんは来ない。今日も、失敗しちゃったからって、なぐさめてあげるなんて絶対しねえぞって思ってたのに。
どうして来ないんだろう。みんなどうしちゃったんだろう。
暗闇のなか、いつもの風は吹かない。
ひとりぼっち。
いじっぱり猫は、もうにらむ気になれなかった。だってみんな怒ってる。
そうか、オレが毎日にらむことができたのは、みんなが幸せそうだったからだ。みんなが話しかけてきてくれたから、そっぽを向くことができたんだ。意地がはれたんだ。
めいっぱい。
怖い顔のみんなを見てると悲しくなる。もとどおりに、みんな笑ってほしい。
今度話しかけてきてくれたら、笑ってみよう。
にぼしは嫌いだけど、少しなら食べてやる。それににぼしは嫌いだって言おう。伝わらなくたって言おう。
ううん、きっと伝わるさ。だって、みんなの気持ちは伝わってたよ。オレのことを気にしてくれてるって、本当はわかってた。
意地をはってたバチが当たったのかな……。
いじっぱり猫のほっぺたに、涙が落ちる。
みんな、ごめんよ。
いじっぱり猫は、ゆっくりと目を閉じ、眠りについた。
目を覚ますと、もうお昼になっていた。お日さまが真上に来ている。
寝すぎちゃったなあ。あんまり気は向かないけど、見回りに行かなきゃいけない。いそいで毛づくろいをする。
するとそこに、誰かが近づいてきた。
おばさんだ! 手にはにぼしを持ってる。
びっくりしてまわりをキョロキョロ見回すと、街のみんなはニコニコ笑っている。 ……もとどおりだ。
「猫ちゃん、さあどうぞ」
おばさんがにぼしをいじっぱり猫の前におく。
嫌いだけど、約束だもんな。食べるよ。少しかじって、それから言った。
「おばちゃん、オレにぼしは嫌いなんだよ」
「わっ! 猫ちゃんが食べてくれるなんて初めてね。うれしいわ~! あら、でももういらないの?」
「うん、にぼしは嫌いなんだ。ごめんね」
おばさんはじっといじっぱり猫を見てつぶやく。
「にぼしはあんまり好きじゃないのかしらね……」
おばさんはパッと笑顔になって、言った。
「明日はまぐろにするわね!」
そしていそいそと帰っていった。
ほら、やっぱり伝わらないわけないんだ。まぐろはオレの大好物だ。
それに、おばさんのあんなにうれしそうな顔、はじめて見た。
よかった。
いじっぱり猫はにっこり笑った。
今日も街には優しい風が吹く。
街のみんなはニコニコ顔。それを見て、いじっぱり猫も笑う。
公園の片すみの、いつものベンチの下で。
もう、意地をはるのは、やめた。
<了>